roji roji roji 特選路地のまち roji roji roji
 
Vol.3 東京神楽坂
しつらえの路地(1)
寺田弘(NPO法人粋なまちづくり倶楽部理事長)

 さる現代女流詩人は云った。「坂は此の世と異境を結ぶ通い道」――なるほど云われてみれば、東京の坂の名にはその種のものが多い。数多くある幽霊坂をはじめ閻魔坂、霊南坂、地蔵坂、念仏坂、蓮華坂、無縁坂、暗闇坂、闇坂、観音坂、けころ坂、化坂、忍坂、ぬめり坂等々。だがこの神楽坂はそれとは全く無縁だ。
 徳川三代将軍家光が寛永13年(1636)に江戸城拡張工事の総仕上げとして、牛込見附から矢来町までの約1キロを切り開いた由緒正しい坂だ。しかも坂の途中では、周辺の神社が奏でる神楽の音が鳴り響いたというのだから、これほど目出度くて明るく、賑やかな坂はない。
 幕末には御家人や町人の岡場所や寄席ができ、それが明治期初頭からあか抜けした花柳界に発展し、例の関東大震災以降昭和の初期までは東京随一の繁華街ともいわれた。太平洋戦争で焼土と化し、いち早く花柳界は立ちあがったものの商店街は長い間低迷し、やっとこの15年くらいで人が出るようになった。

神楽坂周辺図
 そんなわけで神楽坂の横丁や路地は、戦後つくられた花柳界の料亭や待合いへの誘導路である。しきつめられた石畳は、黒塀や建物の効果もあって、工芸品を見るかのような感じを人に与える。大通りから1本入った路地を訪れる人々が、江戸情緒を感じるとか、粋をたたえて格調高いと云うのも、しつらえられた路である以上むべなるかなである。ただし、ここ20年位の間に料亭の数は減少の一途、芸者さんの数も少なくなっている。
黒猫が似合う兵庫横丁
 代表的なしつらえ路地は兵庫横丁だ。毘沙門天善国寺のすぐ前の大通りを越え、<鳥茶屋>の横の路を進み、左折してすぐに二叉路に出会う。そこを右に折れる階段を下って進む辺りの風情は、ここが東京の一角とはとうてい思えない情緒が漂っている。料亭<幸本>の築地塀と旅館<和可菜>の黒塀が並行して並び、かつて旅館の黒猫が塀の上をゆっくり歩いていたが、その図などは江戸情緒そのものであった。
 ついでにいうと先の二叉路の左はすでに生活路地に変り、変哲もない階段につながっているが、普通のアパートや民家も石段の上と下で、視点の移動による景観の変化が楽しめる。生活の路地とはいえ花柳界の余韻が残る、つつましい路地だ。

 
京都を思わせるかくれんぼ横丁

 本多横丁から迷い込むところにあるかくれんぼ横丁は、かつて料亭が蝟集していとところだ。<金升><高藤><和光>等々、今はすべて消えてしまった。写真にあるこの一帯は外側に日本建築の面影を残しながら、内部はフランス料理店や割烹料理店に変化を遂げているが、まだまだ捨てたものではない。京都に一脈通ずる品の良い都市空間を保っている。
 そこを左折したところの先にあった、焼きおにぎり屋の植栽は数年前の火事で消滅し、この路地一帯は新しいコンセプトの飲食群の建築物に変わったが、数十年後にはすっかりなじみ、まちの顔になっているのだろうか。 
芸者の行き交った芸者新道

 かくれんぼ横丁の一本南にあるのが、その名もずばり芸者新道だ。戦前戦後、多くの芸者さんたちが互いに料亭の座敷に駆けつけるために、袖をすりあわせた道だという。
 足もとも石畳がはがされ、10年位前までは近代建築資材の変哲もない安っぽい舗石が路上に張られて殺風景だったが、両サイドの店が格子の門構えを整えたり店の前に塀を張ったり、植栽に気をつけるようになってから段々と味も出てきて、やっと様子もよくなってきた。
 東側の先端は坂の影響でなだらかな階段になっており、ゆっくり通ることを強いられ、足もとに自然と注意が向く。

 
 神楽坂生まれの作家野口富士男は『私のなかの東京』で、この路地一帯をいとおしむようにこう書いている。
 「――あるいはそれゆえに、ちょっと行くとすぐ道がまがって石段があり、またちょっと行くと曲がり角があって石段の風情は捨てがたい。神楽坂は道玄坂をもつ渋谷とともに立体的な繁華街だが、このあたりの地勢はそのキメがさらにこまかくて、東京では類をみない一帯である。すくなくとも坂のない下町ではぜったいに遭遇することのない山の手固有の町なみと、花柳界独特の情趣がそこにはある」
 
著者略歴

1938年、東京・深川生まれ。
30数年間のメーカー勤務後、(株)文芸事務所三友社に勤務。文芸編集に従事。
2009年のNHK大河ドラマ「天地人」の原作本の企画・編集を担当した。
今秋より目白大学経営学部非常勤講師、「まちづくり論」を担当する予定。
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020東京都新宿区神楽坂
兵庫横丁
(20070918山下馨氏)
021東京都新宿区神楽坂
熱海湯横丁
(20070918山下馨氏)
022東京都新宿区神楽坂
毘沙門天前の路地
(20070918山下馨氏)
023東京都新宿区神楽坂
かくれんぼ横丁
(20070918山下馨氏)
109東京都新宿区
神楽小路
(20090903事務局)
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