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テーマ |
第92回 街なか研究会 (公開:どなたでも参加できます)
街なか研&路地協共同企画「流山散歩」 |
講師 |
賀来宏和氏(英国王立園芸協会日本支部理事) |
一茶双樹記念館(ホームページより) |
一茶双樹記念館枯山水(同上) |
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日時 |
平成24年12月8日(土) 14:00〜20:00 |
会場 |
流山市内 |
参加費 |
5,000円程度(懇親会費) |
主催等 |
NPO日本都市計画家協会 街なか研究会
全国路地のまち連絡協議会 |
申込先 |
NPO日本都市計画家協会 事務局
東京都港区愛宕 1-1-9
愛宕チャンピオンビル4F
TEL 03-5401-3359/FAX 03-5401-3389 |
お申し込み |
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内容 |
今回は千葉県流山市の流山本町の街なみをご案内します。
流山市はつくばエクスプレスの開通によって「都心から最も近い森の街」を標榜して街づくりが進められています。浦安市とほぼ同様の人口16万人の街ですが、千葉県内では男女ともに長寿第1位。秋葉原まで30分と近い割に安心で快適な街です。
つくばエクスプレスの乗降駅が市内に3駅誕生し、新市街地として期待される流山ですが、一方、市民さえご存じのない方が多い江戸から明治にかけての歴史をもった街です。
江戸時代後期、流山は江戸川の舟運に支えられ、下総葛飾地域の物資の集散地として賑わい、野田の醤油とともに「みりん」の生産地として栄えました。その二大ブランドの一つ「天晴みりん」の醸造家が秋元家で、その3代目秋元三左衛門(俳号秋元双樹)は俳人小林一茶の最大のパトロンでもありました。このため一茶は生涯54回この地を訪れています。
このように幕末に流通の要衝であり、経済的にも豊かな場所であった流山には、戊辰戦争の際に、新撰組が最後の戦いのために本陣を構えたことでも有名です。近藤勇が土方歳三との別れを告げた「新撰組終焉の地」がここ流山です。
こうした当時豊かな街でしたので、千葉県庁の前身も、千葉大学の前身もこの流山本町に誕生し、千葉県下で最も古い小学校も流山にあります。
常磐線の開通によって発展の歴史から取り残されたこの街には、江戸から明治にかけての風情を残す建物や路地が散在しています。2016年には、鉄道がない流山の将来に危機感を抱いた旦那衆が出資して敷設した「流鉄」が開通100周年を迎えます。この鉄道も都心から最も近い単線の鉄道で走る文化財です。
流山市では「半旅」を合言葉に「流山本町」に残された文化財や歴史的遺産などを活用する方策を進めています。こんな流山ですが、あまり肩の力を入れずに、まあこんなものだろうとごゆっくりしていただき、今後の街づくりへの知恵を頂戴できれば幸いです。
街歩きルート[予定]
「流鉄」流山駅→流山市博物館(旧県庁のあった場所です。流山本町のジオラマ見学など)→新川屋店舗[呉服屋](明治23年)→丁子屋(明治の建物の活用例)→浅間神社(流山の富士山)→常与寺(千葉大学発祥の地)→(路地)→新撰組陣屋跡→万華鏡ギャラリー見世蔵(明治22年)→みりん工場[工場見学はできません]→「一茶双樹記念館」(安政年間)→「杜のアトリエ黎明」→光明院→赤城神社(流山の地名発祥の地)→懇親会場(「流鉄」平和台駅もしくは流山駅周辺)
集合場所 「流鉄」流山駅(終点です)改札口(田舎の改札口です)
*「流鉄」はJR常磐線(千代田線直通の緩行電車)馬橋駅にて乗換(流山駅まで15分くらい)
*この「流鉄」のルートが小林一茶が水戸街道から流山を訪れた古道にほぼ沿っていますので、是非、ご利用ください。今回の「流山散歩」は事実上、松戸市の馬橋駅からスタートです。 |
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幹事:木村晃郁 |
※ キャンセルされる場合は、必ずご連絡ください。
ご連絡いただけない場合は、キャンセル料が発生します。 |
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参考 |
講師の関連ホームページ
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申込み |
12/8開催 第92回街なか研究会
まち歩き・懇親会
に参加します(参加するものを残してください)
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備考 |
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